議会活動報告

6月定例市議会の一般質問 (1)「アミガサ事件」について

2018年6月22日

6月22日、6月定例市議会で一般質問に立ち、以下の3項目について質問しました。

1. 「アミガサ事件」について
2. 地域包括支援センターについて
3. 横断歩道橋について

1. 「アミガサ事件」について

(市古) 昔、住民と行政が連携して多摩川の度重なる洪水から命とくらしを守ってきた、「アミガサ事件」などについて、伺います。

少し長くなりますが、お許しください。
川崎を南北に流れる多摩川は私たちの生活と切り離すことはできません。明治年間、多摩川は毎年のように洪水の被害をもたらしてきたといいます。

私が住む中原区上平間では先人たちが、この洪水で毎年大変な目にあうなかで、何とか堤防を築いて治水しようという運動がありました。いわゆる「アミガザ事件」です。そのことが契機になり、有吉堤の整備、そして一連の多摩川直轄改修への道になったとのことです。

180622-「アミガサ事件百年の碑」(上平間の八幡神社境内)地元の方々がこの先人たちの偉大な取り組みを記憶にとどめ、後世に伝えていこうと、「アミガサ事件100年の会」を発足させ、2014年に上平間の八幡神社に碑を建立しました。

その後、「有吉堤竣工百年の会」が2016年に中丸子公園に記念碑を建立しましたが、記念碑を建てることで終わりにするのではなく、今を生きる地域の方々、子どもたちに伝えていきたいと、「アミガサ事件100年の会」は毎年「講演会」、「記念碑を巡る歩こう会」などに取り組んでおられます。

私も地域のみなさんとともに勉強会に参加させていただき、回を重ねるごとに、「アミガサ事件」が教えてくれる住民の力強さとともに、いまに生きる素晴らしい取り組みだったことを実感し、感動をしています。

勉強会は、以前は、川崎市市民文化賞を受賞された長島保先生、今は子どもの頃ガス橋の近くに住み、国土交通省国土技術政策総合研究所の和田一範工学博士を講師におこなっていますが、現地を歩き、さまざまな文献を集め、深め、それに基づいた講演は、私たちをワクワクさせてくれます。

有吉堤の整備はその後、大正年間の多摩川近代改修、内務省直轄による多摩川の抜本改修につながる一大プロジェクトだったこと。

多摩川の堤防は、明治年間から東京側には連続堤が、しかも何年にもわたってかさ上げされてきたが、神奈川県側の堤防建設には、内務省の許可が必要で、事前に東京側の了解を得ることが必要であったが、了解されなかったそうです。

そんななか、1914年9月16日、「アミガサ事件」が起き、県庁に数百人の陳情行動が展開されたが、事態は好転しなかったのです。しかし、その3日後、関係11ヵ村の代表は、堤防期成同盟をつくり、県に10月29日陳情書を提出。

その内容は多摩川の実態を大変よく捉えていて、同盟の熱心な活動に動かされ、12月に県議会で多摩川築堤建議が可決されるのです。有吉知事が就任し、道路建設という名のもと、実質的な堤防建設工事がはじまります。

内務省は工事中止命令を出したが、有吉知事はその都度、のらりくらりと命令遂行中の返事をし、一方で、新堤防建設の設計図を携えた県の土木課職員が派遣され、作業員として工事にあたった地元住民は、着々と建設をすすめていったといいます。東京からは工事中止の状況を監視するように指示が出され、下丸子村から毎日100名規模の人が交代で、多摩川を渡って現場にくる。

監視がやってくると、工事をしていた住民は、蜘蛛の子を散らすように、自分の家や畑に逃げて、素知らぬ顔をしてやり過ごす。工事中の証拠はみつからない、いずれ対岸に帰っていく。この繰り返しで、堤防建設の作業をすすめる、このようなことで、完成にもっていったといいます。

ここに至ったのは、有吉知事、当時の秋元喜四郎群議だけではない、地元住民、これらを指導し、ともに築堤に努力した神奈川県の職員などの連携のもと、実現されたのです。

「アミガサ事件」、有吉堤、多摩川直轄改修と、一連の流れとして捉えていくことが必要ではないか、まさにそこには防災に取り組む多くの教訓がみいだされる、これらを再認識し、現代に生かしていくことが重要と、和田氏は述べていました。

この先人たちの取り組みと教訓、感想も含めて担当の副市長に伺います。

(向坂中原区長) 「アミガサ事件」については、多摩川の氾濫に苦しんだ地域住民自らが立ち上がり、問題の解決に結び付けた歴史的な事例の一つと考えているところでございます。

「アミガサ事件」から100年以上が経過し、社会情勢の変化や都市化の進行等によりコミュニティの質も変容してきていますが、地域のみなさまの声をしっかりと受け止め、地域課題を解決していくことは大変重要なことだと認識していますので、引き続き区民のみなさまとともに取り組んでまいりたいと考えています。

(市古) 「アミガサ事件」は、最近では昨年、市民劇「南武線ものがたり」でも取り上げられました。川崎市史、多摩川史、地元の小中学校の副読本などにどのようにとりあげられているのでしょうか。伺います。

(教育長) 副読本については、中原区の多摩川周辺一部小学校において、児童が地域の歴史や先人の働きに興味・関心をもち、現在の生活が先人の働きの上に成り立っていることを学べるよう、当時の人々の生活や多摩川の様子、「事件」の概要やその後の有吉亭の整備等について掲載しているところです。

(市民文化局長) 平成7年に発行された「川崎史」においては、「アミガサ事件」について、多摩川の氾濫に苦しんだ村民が大挙して県に陳情したことが発端になり、堤防が建設された経過が全12ページにわたって記述されています。

また、財団法人河川環境管理財団が平成13年に発行した「新多摩川誌」においては、当時の陳情書も掲載されるなど、全23ページにわたってより詳細に記述されているところです。

なお、各種文化団体等によって構成された実行委員会が主催し、平成29年5月に上演された第6回川崎郷土・市民劇「南武線誕生物語」においては、「アミガサ事件」が題材のひとつとして取り上げられたところです。

(市古) 「アミガサ事件100年の会」のみなさんは、記念碑をつくったことはゴールではない。その一つとして防災川崎学としていかしていくこと。この3月、多摩川の洪水ハザードマップが作成され、今全戸配布されています。

このマップを生かしながら、いざというとき、地域でどう身を守るか、住民の役割、行政の役割を確認していく、そんな防災学習会を繰り返し開催していくこと、「アミガサ事件」のことも生かしていく取組みが必要ではないかと思いますが、伺います。

(向坂中原区長) 多摩川は過去には何度も氾濫を起こしており、現在は堤防が築かれていますが、今回改定された洪水ハザードマップには、想定し得る最大限の降雨についての浸水状況が示されています。

災害時に住民が自ら命を守れるよう、避難行動など洪水時の適切な対応の仕方についての啓発等にしっかりと取り組んでまいります。

(市古) さらに、少なくとも、地元の方は、小中学生のあいだに、誰かからこの話を聞いた、という状況をつくっていくことも必要ではないでしょうか。

「会」の方々は、多摩川の洪水から命とくらしを守った住民と行政の連帯の一大プロジェクトのことを、小中学校の子どもたちに知ってほしいと、出前授業にも取り組んでもらえればと思っておられます。教育長に伺います。

(教育長) 小中学生が地域の歴史や先人たちの働きを学ぶことについては、これまでもキャリア在り方教育、社会科や総合的な学習の時間等で、各学校が地域や児童生徒の実態に合わせて地域の素材を選び、学習を進めています。

また、市内小学校3年生に配布している「副読本かわさき」には「アミガサ事件」を掲載しています。地域素材の選択や出前授業等の実施等については、各学校の判断によりますが、今後も「副読本かわさき」や地域素材の活用を呼びかけてまいりたいと考えています。

(他は、続報します)