活動レポート

平和館で開催の「川崎大空襲記録展」を見学しました

2018年5月4日

5月4日、3月から開催中で私は2度目になりますが、川崎市平和館で開かれている「川崎大空襲記録展 ~わたしたちのまちに『空襲』があった」を見学しました。

180504-「川崎大空襲記録展」が開催されている川崎市平和館(玄関) 「川崎大空襲」は、昭和20年4月15日午後10時3分に空襲警報が発令され、ほとんど同時に爆撃が開始されました。川崎は昭和17年の初空襲から終戦まで約20回の空襲を受けたそうです。

4月の爆撃によって、川崎市の中心部は市役所を残して一面の焼野原となってしまいました。大空襲の被害は、全半壊家屋33,361戸、同工場等287、罹災者は10万人を超えていたそうです。川崎の空襲で亡くなった人は約1,000人、負傷者約15,000人の大半は、この大空襲によるものとみられています。

展示がされている屋内広場には、平和館所蔵の「戦時中の市民生活」「学童疎開」「川崎空襲の被害」「川崎空襲体験談」「所蔵品からみる戦争」などが展示されていて、公文書館所蔵資料にみる川崎の戦争では「防空訓練にはげむ市民たち」「防空準備の進め方」「境町の防空訓練」などが展示されていました。

さらに川崎中原の空襲・戦災を記録する会の資料も展示され、そのなかに平和館のある地がもともと軍需工場であり、ここが米軍から川崎市に返還され、平和公園や県立住吉高校ができたこと、住民運動とのかかわりも記録された資料の展示もありました。

川崎市平和館は世田谷区立平和資料館との連携もあり、ここでは世界史の中の太平洋戦争が展示されていました。「川崎大空襲」の記録ビデオも上映され、戦争体験者が当時の状況を生々しく語っていました。実物大の焼夷爆弾も展示されています。

このような展示を見るたびに、戦争の恐ろしさ、悲惨さ、愚かさを思います。また、戦争を体験された人々の記憶を留めていくことの大切さ、粘り強く聞き取り、記録していく取組みをされている方々の熱意に頭が下がります。